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乳がん領域のTop KOLが考える臨床研究の現状と今後  岩田広治先生×増田慎三先生 対談インタビュー
(1)乳がん治療の変遷、臨床研究法施行後の臨床研究

岩田 広治先生
1987年 名古屋市立大学医学部卒業後、名古屋市立大学などでのご勤務を経て、1998年より愛知県がんセンター、2012年には同病院副院長兼乳腺科部部長としてお務めになっています。臨床で数多くの乳がん患者さんを診療されながら、長年、JCOG乳がんグループの代表者をお務めになり、日本において数多くの臨床研究を手掛けるなど、乳がんの第一人者としてご活躍されています。
増田 慎三先生
1993年 大阪大学医学部卒業後、大阪医療センターなどでのご勤務を経て、2021年10月より現職をお務めになっています。臨床で数多くの乳がん患者さんを診療されながら、2021年6月よりJBCRGの新代表理事にご就任され、臨床研究においても、より一層のご活躍が期待されます。臨床の現場を愛知県に移され、アカデミアで後身の育成にもご尽力されています。
叶:この20年間の乳がん治療の変遷を振り返っていただいたとき、一番大きな変革は何だったとお考えですか。
岩田先生:

この20年の間で最も大きな変革は、乳がんのサブタイプが定着したことですね。乳がんがひとつの病気ではなく、その中に様々なサブタイプがあることが明確になりました。具体的には、ルミナールタイプ、HER2陽性、トリプルネガティブといったサブタイプによって治療開発が進んできたというのが、やはり一番大きな変革でしょうね。

乳がん領域で最初の分子標的治療薬として注目を集めたのはHER2陽性乳がんに対する「ハーセプチン」でした。それが進行・再発乳がん、のちに周術期の治療として有効性が認められ、その後、様々なHER2陽性に対する治療薬が世に出てきました。

また、ルミナールタイプに対しても、2000年以降アロマターゼ阻害剤、SERDが出てきましたし、最近ではCDK4/6阻害剤の併用も治療選択肢として増えています。

それ以外のタイプをまとめた、あまりまとまりのなかったトリプルネガティブのポピュレーションにおいても免疫チェックポイント阻害剤や分子標的薬が使用できるようになってきています。

増田先生:

全部おっしゃいましたね(笑)。

薬剤という観点からいえば、岩田先生のおっしゃったとおり、乳がんにはサブタイプがあり、HER2陽性に対する抗HER2療法、ルミナールタイプに対するホルモン療法とCDK4/6阻害剤、トリプルネガティブに対する免疫チェックポイント阻害剤が使用できるようになりました。最近ではBRCAのステータスによるPARP阻害剤の使用も認められるようになり、新たなサブタイプとして新たな方向性を示したと思います。

薬剤開発のストラテジーにも変化がありました。化学療法を必要とするタイプの術前化学療法で薬剤反応性を見たうえで、次の治療戦略を考えるというレスポンスガイド治療というアプローチでの開発も進んでいます。昔は手術で治療開始していたところに薬物治療から入っていくというのも変化のひとつではないかと思います。

叶:乳がんの治療においてサブタイプによって治療が個別化されてきたことがエポックメイキングな点であったということでしょうか。
岩田先生:

確かにサブタイプで治療を考えていこうというのは乳がん領域が先行したのですが、がん領域全体で見てみると、実は大腸がんや肺がんのほうがドライバー遺伝子が次々と見つかり、標準治療もそれに合わせて細分化されてきている印象があります。臨床研究という観点からも、乳がん領域は大腸がんや肺がん領域をもう少し見習うべきところがあるのではないかと思っているところでもあります。

叶:その要因はどのようなところにあるとお考えですか。
岩田先生:

増田先生、いかがでしょう。

増田先生:

ドライバー遺伝子ということで言えば、がんの増殖に関わる大事な遺伝子がピックアップされ、その機能を押さえる薬剤が多く見つかっているのが肺がんや大腸がんではないでしょうか。また、最近ではそのドライバー遺伝子が、がん種を超えて一つの集団を作り上げることにもなっています。

乳がんの場合、そこまで強力なドライバー遺伝子がどこまであるのか、また、それがサブタイプと比べてどこまで有力かどうかという問題だと思っています。

がんをどう抑えていくかという問題への解決にはまだ時間が掛かるとは思うのですが、今のところはホルモン感受性やHER2の影響の有無が乳がん治療の大きな柱になっているのではないかと思います。

叶:遺伝子という意味では、やはりBRCAというところが大きいということでしょうか。
増田先生:

そうですね。がん種を超えた、臓器横断的な治療の発展に期待しています。

臨床研究法について

叶:さて、ここからは本日のメインテーマの一つである臨床研究法について話を進めてまいりたいと思います。2018年4月に臨床研究法が施行されましたが、これによって臨床研究の進め方にどのような影響があったのでしょうか。
岩田先生:

臨床研究法ができるまでの日本を振り返ってみると、同じような対象患者さんを対象にした小規模な臨床研究が乱立しているような、クオリティとしては決して高いとは言えない臨床研究が行われていたのが実情だろうと思います。

この臨床研究法によってその状況が整理されたことは、良い方向に向かっていると言えるでしょう。一方で、前向きな介入研究をすることの困難さも浮き彫りになってきています。体制がかなり整っている、大規模な臨床研究グループでないと臨床試験を実施しきれない状況であり、そのためにどうしてもスピード感が出ないことが課題として残ってしまっています。

インタビューの様子
増田先生:

臨床研究法施行前も全国規模できちんと臨床試験を経験してきた立場から申し上げますと、やりづらくなったというのが正直な感想でした。臨床研究法に基づいて研究を実施していこうとすると、煩雑な書類や手続きを踏まなければならないのですが、それらをサポートしてくれるマンパワーや予算が確保できない状態のなかで理想論だけ押し付けられ、どうしたら良いのか困惑しました。ただ、いま臨床試験を実施している施設はなんとか体制を整えつつ実施しているところだと思いますので、今後状況は改善されてくると思っています。

叶:そうなると、ある程度規模のまとまった臨床研究グループで、人的リソースもしっかりと整備されたようなグループでないと臨床研究を進めるのは難しいということなのでしょうか。
岩田先生:

一概にそうとも言えません。未承認の医療機器も臨床研究法内での対応になりますが、第Ⅰ、Ⅱ相試験など、治療に結びつくような前段階の研究については1、2施設など限定された施設だけで行うことも可能です。

叶:そのようなケースを除いて小規模な臨床研究が実施しにくくなっている昨今、臨床研究法施行後の臨床研究グループの統合といったような動きもあるのでしょうか。
岩田先生:

統合という動きはないかもしれませんが、活動が見られなくなったグループは結構ありますよね。

増田先生:

そうですね。叶さんの言うところの小さい臨床研究グループと言うのは、なかなか準備体制が整わないのだと思います。最近ではリアルワールドデータ研究が盛んになってきていますので、そのような研究は各地域で実施されているところがあるかもしれません。しかし、そこから出てくるデータが本当に信頼性が高いものかどうかは、実態を知る身としては懸念が残るところではあります。

岩田先生:

過去に地域、地域の臨床研究が行われた背景には、少なからず製薬企業の関りがありましたからね。直接的なプロモーションということではないにせよ、win-winの関係があったのは否定しきれないわけです。それが様々な規制によって、地域のコミュニティ内での臨床研究が難しくなってきているのが現状かと思います。

叶:ただいま、増田先生からリアルワールドデータ研究のお話が出てまいりましたが、臨床研究法施行後、リアルワールドデータ研究、観察研究は増えてきている印象をお持ちでしょうか。
増田先生:

増えていますね。治験や臨床研究に入れる患者さんは状態が良い患者さんなど、ある程度セレクトされていますので、実際の診療を反映したリアルワールドデータを見ていきましょうという方向にあります。実施しやすさという意味でも確実にシフトしてきています。

昔、学会発表となると、1施設で10例、20例の本当に小規模なものしかなく、それでは全く何のエビデンスも生まないということから、少なくとも地域、または関連病院でまとまってデータを出していこうという流れが出てきました。そして、それは全国の臨床研究グループに広げていこうという機運や、地域での教育や啓発につながっていました。そのような意味でコミュニティ内での研究は一定の役割は果たしていたと言えます。しかし、一方では製薬企業との関わりもあったのは事実ですので、臨床試験の形も時代に合わせて進化していくという流れにあるのだと思います。

叶:いま、多くの施設でリアルワールドデータ研究や観察研究が行われていますが、先生方からご覧になってどのような印象をお持ちでしょうか。
岩田先生:

リアルワールドデータ研究というのはやりようだと思っています。例えば、第Ⅲ相試験の結果が明らかとなっている治療をもう一度同じ対照群でリアルワールドデータを収集するのは時間の無駄だと思います。

しかし、増田先生が先ほどおっしゃたように、第Ⅲ相の臨床試験は合併症がないような患者さんなど、適格基準が明確に決められている、いわゆるチャンピオン患者さんの症例しか組み込まれていません。適格基準に当てはまらないような患者さんに対して、日本の保険適用の範囲内で使用した時にどれだけの効果が得られるのか、リアルワールドデータを用いて検証するということは、実臨床下においてはとても重要なポイントだと考えます。

しかし一方で、そのような観点できちんと実施されているリアルワールドデータ研究があるかと言われると、私自身は少し疑問を感じているというのが正直なところです。

増田先生:

きちんと目的をもって、クリニカルクエスチョンを解決できるデータをきちんと収集していくような研究ということですよね。

岩田先生:

乳がんの領域ではなかったのですが、消化器領域の手術に関してリアルワールドデータを出したところ、第Ⅲ相試験の結果と反対の結果が得られたというデータを見たことがあります。リアルワールドデータは様々な患者さんが存在する実臨床下においてとても重要なんだと感じたのを覚えています。乳がんも様々な合併症を抱えている患者さん、高齢の患者さんも多い疾患です。第Ⅲ相試験に、例えば80歳以上の患者さんや糖尿病を合併する患者さんに投与したときに、本当に同じような効果が得られるかは、やはりリアルワールドデータでないと検証できません。そのような研究は実施すべきだと思いますね。

叶:そのような研究に製薬企業がしっかりと資金提供するかという問題もあるかと思うのですが、その点はどのようにお考えでしょうか。
増田先生:

いま岩田先生がおっしゃったような、高齢患者さんに対する薬剤の効果を確認することを目的とした場合、例えばリアルワールドデータで高齢者でも標準治療の量までできる、とか、高齢者は少し減量しても一定の効果が出ているというような結果が得られれば、製薬企業から見ても対象患者さんを広げられるチャンスとも言えますよね。製薬企業側からもそのようなデータを創出することは育薬の観点からも大事なのではないかなと思います。

岩田先生:

やはり良い薬剤を持っている製薬企業は育薬という発展性をもって取り組んでくれていると思います。昔からがん領域に参入している製薬企業は、育薬と言う意味で様々なことにチャレンジしてくれているように感じます。参入して間もない製薬企業にも、これから期待したいところですね。

増田先生:

実際、JBCRG(Japan Breast Cancer Research Group)でもコホート研究を支援してくれていますよね。

岩田先生:

そうですね。

増田先生:

先発品を開発している大手の製薬企業は育薬をきちんと理解されて研究につなげてくれていると思いますね。CSPOR-BC(Comprehensive Support Project for Oncological Research of Breast Cancer)でもいくつかの意義の高い観察研究を実施しています。

叶:先生方の日常診療における課題に対して、製薬企業もしっかりと目を向けてデータを出そうとされているんですね。
岩田先生:

それはありますね。その背景には、開発とマーケティングの間にあるメディカルアフェアーズの機能分化が大きく寄与していると思います。臨床開発でも、マーケティングでもない、市販後にクリニカルクエスチョンを我々とディスカッションできる部署が多くの企業で作られてきています。2000年当時には全く見られませんでしたからね。

増田先生:

そうですよね。

叶:臨床研究法が施行されて4年近く経ちますが、先生方はいま、どのような課題を感じていらっしゃいますか。
岩田先生:

手続きの煩雑さについてはもう少し改善の余地があるのではないかと考えています。また、CRB(Certified Review Board;認定臨床研究審査委員会)の開催回数などが厳密に決められてしまっており、無駄が多いと感じることもあります。少しずつ改善されてきてはいますが、このような規制のあり方は大きな課題として残っていると思います。

増田先生:

確かに過去を振り返ってみると、IRBがきちんと機能していないようなケースも散見されていたのですが、それをきちんと制度として整備したという点では理解ができます。CRBが設置できる施設はある程度整備されてきましたので、あとは岩田先生のおっしゃった手続きの簡略化という方向に向いてくれると良いと思っています。

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